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名古屋高等裁判所 昭和52年(ラ)52号 決定

抗告人

株式会社豊田化学工業所

右代表者

豊田恭郎

右代理人

鶴見恒夫

外一名

相手方

犬井孫市

主文

原決定を取消す。

名古屋地方裁判所昭和五〇年(ケ)第九九・第一二二号不動産競売事件について、名古屋地方裁判所執行官に、別紙目録記載の不動産に対する相手方犬井孫市の占有を解き、これを抗告人株式会社豊田化学工業所(代表者代表取締役豊田恭郎)に引渡すことを命ずる。

本件申立及び抗告費用は全て相手方の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取消し、さらに相当なる裁判を求める。」とし、抗告の理由として、別紙即時抗告申立書(即時抗告の理由)欄(写)記載のとおり主張した。

そこで本件申立の当否につき検討するに、本件記録並びに関連競売事件記録及び同記録添付の登記簿謄本綴によると、抗告人が競落した本件家屋は、もと相手方の所有(昭和四六年九月八日保存登記)であつたところ、同人はこれを債権者岐阜相互銀行に対し抵当に供し、昭和四六年一一月二五日元本極度額三〇〇万円、第二順位の根抵当権設定登記を了したこと(右に先立ち同年九月一四日中京相互銀行に対し元本極度額七〇〇万円、第一順位の根抵当権設定登記がなされている。)、昭和五〇年二月二〇日有限会社北野電工名古屋ネオン製作所に対し、同月一五日付売買を原因とする所有権移転登記がなされていること、同年七月一八日右岐阜相互銀行から名古屋地方裁判所に対し競売申立がなされ、同月二四日任意競売申立の登記がされたこと(原因同月二三日競売手続開始)、右競売事件は所定の手続をへて昭和五二年二月三日抗告人に本件家屋の競落許可決定が言渡され、抗告人は同月一六日代金等の支払を完了し、本件家屋の所有権を取得して同月二三日本件家屋の引渡命令を申立てたこと、相手方は現に本件家屋を占有しているが、その占有権原は所有名義人である右製作所との関係においても記録上全く明らかでないこと(ちなみに競売記録賃貸借取調書中の右製作所専務取締役北野武彦の陳述によれば、本件家屋は同製作所が相手方から代物弁済により所有権を取得し、立退料も支払ずみであるにかかわらず相手方においてなお事実上占有を継続しているとされ、相手方の陳述によれば、本件家屋は他から金融を受けるに際し、便宜上右製作所名義に所有権を移転したにすぎず、代物弁済したものではないとされている。)以上の諸事実が認められる。

ところで、不動産引渡命令の相手方の範囲については争いのあるところであるが、叙上認定の諸事実によると、本件家屋を現に占有している相手方は、競売開始決定当時の所有者でないとしても、本件家屋の前所有者かつ根抵当権設定者として本件競売手続における債務者の地位にある者であり、抗告人の引渡請求を妨げる実体上の事由を有しないことが記録上明らかであると認められるから、右のごとき場合においては、別途に引渡請求の訴を提起して勝訴判決をえて執行するまでもなく、直ちにこれを相手方として競落不動産の引渡を請求することができると解するのが制度の趣旨に照らし相当であるというべく、右と結論を異にする原決定は失当として取消を免れない。

よつて、本件抗告を理由ありと認め、訴訟費用の負担につき民訴法四一四条、九六条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(村上悦雄 上野精 春日民雄)

即時抗告申立書

(即時抗告の理由)

一、原決定の要旨は、「不動産引渡命令の相手方は、競売開始決定当時の所有者およびその承継人に限ると解するのが相当であるところ、本件における被申立人は競売開始決定当時の所有者の前所有者である」から引渡命令の申立ができない、というにある。

二、しかし、相手方は単なる「競売開始決定当時の所有者の前所有者」ではないし、抗告人もそういう理由では引渡命令が許されないことは十分承知している。抗告人が引渡命令を求めたのは、相手方が「根抵当権設定者でありその当時の所有者」であること、かつまた「債務者」であること、を根拠にして引渡命令を求めているのである。

三、原決定は、引渡命令が許される相手方を「競売開始決定当時の所有者およびその承継人」に限つているが、これは正当でない。「競売開始決定当時の所有者」に引渡命令が許容される以上、自ら競売の基礎となつた抵当権を設定した者に許されないわけがない。自ら設定契約をなした者は、その抵当権の実行に関しては、正に売主と同じような立場にあり、当事者として、本人としての責任を自覚し認識していた者であるのだから、誰よりも先ず引渡命令の相手方となるべきものである。一般の解説書や判例においては、任意競売に準用される強制執行上の規定を援用して説示するため、「競売開始決定当時の所有者」という表現を用いているが、本件のごとき任意競売では、これが準用される本旨にしたがい、「抵当権設定者」および「設定登記当時の所有者」を含むことは明らかである。

四、さらに、相手方は設定者にとどまらず、「債務者」でもある。この点については、従来、裁判例の中には所有者と債務者が異るときは、所有者に対して引渡命令を許す、ということを示しているものがある。しかし、第一に、債務者は抵当権実行の法律関係においては最終的な責任の帰属者である実体に照らし、引渡命令の相手方から除くのは公平の理念に反する。第二に、債務者である以上、常に初めから終りまで不動産競売手続の全過程において当事者として扱われている者であるから、執行手続の中で簡易、迅速に競落人に占有を得させようとする引渡命令の手続の相手方とするに極めてふさわしい。その他、引渡命令の手続の本旨からして、債務者については引渡命令を許すのが正しいと考えられるので、この点、御庁におかれても明確なご判断をせまられることを切望する。

物件目録〈省略〉

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